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	<title>心理学  タグが付けられた記事一覧を表示しています。 -ばかにゅー.com</title>
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		<title>「赤いりんご」は「青いりんご」心理学で知った忘れられない話</title>
		<link>https://bakanyu.com/column/post-18885/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[むーさん]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 18 Dec 2018 08:30:14 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム記事]]></category>
		<category><![CDATA[大学]]></category>
		<category><![CDATA[心理学]]></category>
		<category><![CDATA[意外と知らない]]></category>
		<category><![CDATA[授業]]></category>
		<category><![CDATA[曖昧]]></category>
		<category><![CDATA[識別]]></category>
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					<description><![CDATA[大学生の頃、授業で心理学を学んだことがある。ある日の授業内容が、今でも思い出してしまうくらい、深く印象に残っている。 ある人に“りんご”についての印象を聞かれたとしよう。ほとんどの人が“丸い”だとか”赤い”と答えると思う。 「みんなが思っている“りんご”の印象は間違いかもしれない」そんな意味が分からないところから授業が始まる。 色を決めているのは 僕らが普段目にしている風景やモノには色が存在する。 赤い屋根、白い犬、黄色いバナナ、どれで...]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>大学生の頃、授業で心理学を学んだことがある。ある日の授業内容が、今でも思い出してしまうくらい、<strong>深く印象に残っている</strong>。</p>
<p>ある人に“りんご”についての印象を聞かれたとしよう。ほとんどの人が<strong>“丸い”</strong>だとか<strong>”赤い”</strong>と答えると思う。</p>
<p>「みんなが思っている“りんご”の印象は間違いかもしれない」<strong>そんな意味が分からないところ</strong>から授業が始まる。</p>
<h2>色を決めているのは</h2>
<p><img fetchpriority="high" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-18927" src="https://bakanyu.com/wp-content/uploads/2018/12/eye-1173863_640.jpg" alt="" width="500" height="299" srcset="https://bakanyu.com/wp-content/uploads/2018/12/eye-1173863_640.jpg 500w, https://bakanyu.com/wp-content/uploads/2018/12/eye-1173863_640-300x179.jpg 300w, https://bakanyu.com/wp-content/uploads/2018/12/eye-1173863_640-450x269.jpg 450w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" />僕らが普段目にしている風景やモノには<strong>色が存在する</strong>。</p>
<p>赤い屋根、白い犬、黄色いバナナ、どれでもいいが<strong>誰から見ても同じ</strong>だ。</p>
<p>それは何処で判断しているだろう。</p>
<p>色は、目で見て判断していると思われがちだが、<strong>実際に認識しているのは脳だということ</strong>を多くの人は直ぐに答えられない。</p>
<p>かなり教科書的な言い回しになってしまったけれど、要するに<strong>色はすごく曖昧な存在</strong>なのだということなのだ。</p>
<h2>それぞれに違う服の色</h2>
<p>話を少し元に戻して、“赤いりんご”について考えてみる。</p>
<p>100人のうち99人が“りんご”を<strong>赤い</strong>と認識して、<strong>1人が黄色</strong>だと主張したとしよう。</p>
<p>「そんなわけないだろう」、「色が分からないのかな？」と言われるような状況だが、もしかしたら<strong>本当はりんごは黄色いのかもしれない</strong>のだ。</p>
<p>みんなが赤いと言っているのは、<strong>大多数の人がそれを赤いと認識しているだけ</strong>であって、それが本当に赤いのかどうかを知ることは絶対にできない。</p>
<p>脳での認識が人によって違うだけで、黄色だと認識した1人が<strong>間違っているとは言えない</strong>からだ。</p>
<p>すごく胡散臭く、<strong>スピリチュアルな話</strong>をしている様に感じるかもしれない、分かりやすくもっと身近な話に例えてみよう。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-18913" src="https://bakanyu.com/wp-content/uploads/2018/12/o-THE-DRESS-570.jpg" alt="" width="263" height="400" srcset="https://bakanyu.com/wp-content/uploads/2018/12/o-THE-DRESS-570.jpg 263w, https://bakanyu.com/wp-content/uploads/2018/12/o-THE-DRESS-570-197x300.jpg 197w, https://bakanyu.com/wp-content/uploads/2018/12/o-THE-DRESS-570-210x320.jpg 210w" sizes="(max-width: 263px) 100vw, 263px" /></p>
<p>同じ色の服を見て「<strong>何色に見えますか？</strong>」という画像が何年か前に流行ったのを覚えているだろうか？</p>
<p>その服は見る人によって、「青・黒と答える人」と「白・金と答える人」で<strong>意見が分かれる</strong>というのが不思議だと話題になった。</p>
<p>それほど、<strong>人間の脳で認識する色は曖昧</strong>で、人によって異なる可能性があるということが分かってもらえると思う。</p>
<h2>僕らはすごく曖昧な世界で生きてる</h2>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-18938" src="https://bakanyu.com/wp-content/uploads/2018/12/dreams-2904682_640.jpg" alt="" width="500" height="281" srcset="https://bakanyu.com/wp-content/uploads/2018/12/dreams-2904682_640.jpg 500w, https://bakanyu.com/wp-content/uploads/2018/12/dreams-2904682_640-300x169.jpg 300w, https://bakanyu.com/wp-content/uploads/2018/12/dreams-2904682_640-450x253.jpg 450w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" />これが、大学の授業で習った心理学の<strong>今でも忘れられない</strong>授業の内容だ。</p>
<p><strong>不思議の国のアリス</strong>に出てくる赤の女王が、<strong>白いバラは許さない全て赤でなければ</strong>と口にしているシーンがあるが、今の世の中はそれに近い部分がある様に感じる。</p>
<p>多くの人が“それ”を支持しているから、“それ”が正解とされてしまう。</p>
<p><strong>間違っているのかもしれない</strong>ということは、誰も思っていない。</p>
<p>誰もが曖昧な世界のなかで、不安だから答えを求めている。</p>
<p>それ自体は決して悪いことではないし、<strong>生きていく知恵</strong>であることは確かだけれど、<strong>白いバラを求める人</strong>を認めることも必要なのではないだろうか。</p>
<p>そんな哲学的な終わり方を装って、<strong>ネタ切れで苦しい</strong>僕のコラムを終えようと思う。</p>


<p></p>
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