年号が変わった瞬間にはあんなにも騒がれていたというのに、数ヶ月経ってみればそれが当たり前となり日常に溶け込んでいく。
少し遅れてやってきた雨季に頭痛と気怠さを感じながら、今日も近所のコンビニに少し遅くなった朝飯を調達しにきていた。
通勤で立ち寄った人たちによって、陳列棚に隙間なく並んでいたはずのおにぎりも弁当も歯抜けのような状況。
残り物を選ばされているようでいつも釈然としないものの、朝飯のためだけに少しの早起きなんてする気も起きない。
半ば無気力にただ目に入ったという理由で、天かすおかかにぎりと今日もインスタントの揚げなす味噌汁を手にとってレジへと足を運ぶ。
毎日律儀に同じコンビニを使う理由もないというのに、考えるのがただ面倒という理由だけで会社をやめてから2ヶ月くらいこれを繰り返している。
「温めますか?」
毎回そのままで良いと言っているのに、マニュアル通りに聞いてくるいつものコンビニ店員。
見た目は20代前半の女性で、年齢の割に地味目で落ち着いている印象。
レジに経つと軽く会釈をしてくるから、顔を覚えられているのは間違いないような気がする。
「そのままでいいです。」
まるで黒髪ショートカットのロボットと会話をしているような気分だ。
お釣りと商品を受け取って、また何もない部屋へと帰るだけ。
「ありがとうございましたー。」
コンビニを出るとさっき来た時よりも空がどんよりと暗く、すぐにでも雨になりそうな湿気を帯びた空気が顔の周りにまとわりついてきた。
ため息をひとつこぼして、6畳1部屋の殺風景な我が家へと歩を進める。
駅から徒歩8分のコンビニからさらに5分でたどり着くいつもの道のり。
見慣れた一軒家と小さなアパートを抜けた先にあるコインランドリーの角を曲がれば、あとはまっすぐ歩くだけ。
歩き出して2分、いつもの角を曲がる少し手前。
自動ドアでしまっているはずのコンランドリーが、人もいないというのに開いたまま閉まらない。
「故障しているのかな」
毎日が同じことの繰り返しをしていると感じる世界がとても小さい。
自動ドアがしまっていないというだけで妙な違和感を感じてしまうのは、それだけつまらない毎日を過ごしているということだろうか。
コインランドリーを通り過ぎようとした時、視線を店内へと向けると入り口正面に見据える乾燥機が、衣類も入っていないというのに稼働しているのに気づいた。
空のまま回る乾燥機にほんの数秒間視線が止まった。
それと同時に頭を締め付けるような感覚が襲ってきて、視界がふわりと真っ暗な世界へと落ちていく。
どこまでも、どこまでも。
一体どのくらいの時間が経ったのだろうか。
体感では1時間の昼寝をしようとして半日寝てしまったような、全身に残る重苦しい感覚。
目覚めるとコインランドリーの入り口で、外と店内のちょうど半分をまたがるように倒れこんでいた。
先ほどまで空のまま回っていた乾燥機はすでに止まっていて、外もあれだけ湿気を帯びていたのが嘘かのように、清々しい晴天になっていた。
なぜ、倒れこんでしまったのだろう。
健康的な生活をしていたとは言えないが、仕事をやめる数ヶ月前に受けた健康診断の結果もなんの異常も出なかった。
今までに急に倒れこむような経験もしたことがないし、まだ29歳で加齢に伴う日常的な不調も感じたことがないというのに。
「うっ」
長い間胸を床にして寝転んでいたからか、圧迫されていたような鈍い痛みを感じながらも身体を起こす。
それにしても人通りが少ないからと言っても、おそらく数時間も道路と店舗の境目で倒れている人間がいるというのに誰も声をかけてくれないとは、随分と悲しいことだ。
さっき買ってきたはずのコンビニ袋が周りを見渡してもどこにも無くなっている。
「はぁ、まじかよ」
おにぎりと味噌汁が無くなっているということは、誰かが通って倒れている自分を無視して盗んでいったということだ。
思い出したかのように、焦ってポケットに入っていたはずの財布とスマホを探る。
「クソ!財布も取られた!」
そう呟いた瞬間に、今日はスマホで決済するから財布を家に置いてきたのを思い出す。
右ポケットを探るとスマホはちゃんといつもの位置に入っていた。
不幸中の幸いともいうべきだろうか、数百円分の商品を取られただけで済んだのは、電子決済が普及していたおかげだとホッと胸を撫で下ろす。
スマホを取り出して、時間を確認してみると13:15と表示されている。
家を出たのが10:40ごろだったはずだから、ここで2時間くらい倒れていたということか。
盗まれた物は大したものではないにせよ、倒れている人間を無視して盗むやつがいると考えると無性に腹が立ったので、とりあえず警察に通報しようとダイヤルをしてみると……
「え、なんで圏外になってんの?」
再起動をしてみても圏外で、電話をかけられそうにない。
次第に先ほどまで込み上げてきていた怒りも身を潜め、急に面倒さを感じてきた。
「とりあえず家に帰るか」
よくよく考えてみると、コンビニの商品を盗まれたくらいで警察を呼び出したとしても、ちゃんと対応してくれるのか疑わしいし、平日の日中にこんなところで倒れていたと説明すると、自分の方が職質されそうな気がする。
そんなことを考えていると、いつもの我が家へと辿り着いていた。
築30年の3階建で2階の角部屋に構える冴えない我が家。
隣に自分のアパートよりも少し大きい4階建のアパートが建っているせいで日当たりも悪くて、お世辞にも住みやすいとは言えない。
鍵を開けて中に入っても、自分の家と感じないくらい必要最低限の家財以外置いていない部屋。
圏外のまま直らないスマホに目を落として、どうしたものかと考えていると、テレビから聞こえてくる声がおかしい。
「あははは、ソコレビにオツマレさんに」
聞き間違いかと思うくらい、訳の分からない言葉で楽しそうにお昼の番組が進行している。
「マツガレイとあまに」
出演者たちの後ろにデカデカと表示されている、番組名らしきものにはそう表示されている。
番組に出演している人間も日本人にしか見えないのに、話している言葉は訳が分からない。
倒れたせいだろうか、俺の頭がおかしくなってしまったのだろうか。
スマホは相変わらず圏外だが、退職前のメールのやりとりを確認してみるとちゃんと日本語として文字を読み取ることができる。
おかしい、それならばテレビに映っているこの文字や出演者の言葉はどうなっているんだ……