まだ梅雨明け前だというのに、雲ひとつない晴れた空からは容赦無く太陽が照りつける。
このおかしな状況になるより前、正確にはコインランドリーで倒れこむ前にスマホで確認した天気予報では、数日はずっと曇りのち雨だったはずなのに天気までおかしくなってしまったのだろうか。
コンビニ前で彼女に偶然出会ってから、この世界に段々と違和感を感じている。
スマホも文字が読めないなら使いようがないと勝手に思い込んでいた。
だが改めて確認してみると、使える使えないより以前に、そもそもずっと圏外のままだということに気がつく。
他にも注意深く観察してみると、スマホ以外でもおかしな点がいくつか確認できた。
本来ならば、日本では車が左側を走っているはずなのに通りすぎる車はなぜか決まって右側を走行している。
住宅街の狭い道だからたまたま右側に避けて走行しているだけだろうと気にしていなかったが、彼女が去った後にコンビニの前で今までのことを整理している間にも数台が通り過ぎていったが、全て右側を走っていた。
何か釈然としない。
今感じている違和感を拭うためにも、やはり彼女にあって話をしてみるのが一番良い気がする。
彼女と約束の時間まで半日。
それまで何をして過ごすべきだろうか。
「ぐーぅぅぅー」
昨日も含めて何も食べていないのを思い出したかのように腹時計が限界を告げる。
そういえば腹が減った、このコンビニで何か買って家で食べよう。
「ルーいす、カナイさんてい♪」
「ソコビキころにー、とけいも♪」
相変わらず何を言っているのか分からないが、おそらくコンビニのテーマ曲が流れているのだろう。
いつものおにぎりコーナーの前に着いたが、どれがどんな味なのかが全く分からない。
そもそもおにぎりにこだわらないで中身のわかる商品にすれば良いのだが、習慣とは恐ろしいものでこんな状況でさえおにぎり以外の選択肢が浮かばない。
適当に並んでいる中から1つ選んで、レジへ向かう。
「イラしたいまセー」
惜しい、実に惜しい気がする。
なぜが“いらっしゃいませ”だけが、ほぼ近い発音と言葉をしているが微妙にずれていた。
もうこのさえ、もっと違う言葉であってくれた方が今の状況にはお似合いだというのにという考えが浮かぶ。
商品をレジ台に置くと、普段は見かけない男性店員が慣れた手つきで商品を読み取った。
レジのディスプレイには“100ウェイ”と表示されている。
もう反応するのも疲れたように、支払いを済ませようと財布の中を探って小銭を探すが、10円玉が1枚ばかり。
これしか持っていないんじゃないかと思うほど毎日履いているジーンズのポケットを探すが、見当たらない。
飯にありつきたい一心でゴソゴソと手探りをしているうちに、右ポケットに付いている小さいポケットの表面に丸い感触を感じた。
中に指を入れてみると、見慣れた100円玉が顔をのぞかせた。
おそらく気がつかぬまま、ずっとこの中に入っていたのだろう。
それをそのまま店員に手渡すとなぜか渡したお金を不思議そうに眺めている。
「???」
どうしたというのだろうか、早く帰って今の状況整理を進めたいのに……
すると突然、店員が腕を伸ばして掴みかかろうとしてきた。
「お、おい、やめろ!」
叫びながらその手を振り払うと、叫びながらまた掴んでこようとする。
「ウェイこそにやみい!!!」
「くそ!何言ってんのかワカンねぇよ!」
理由も状況も分からないまま、再び掴みかかろうとしてくる店員。
このまま捕まると言葉も通じないから、間違いなく厄介な状況になる。
そう判断して、店員から逃げるように店外へと逃げ出す。
レジの中にいた店員が、台を乗り越えて追いかけてくる様子が見えたので、家とは逆方向の駅方面へ向かって走る。
コンビニが見えなくなってしばらくすると途中で店員も諦めたのか追いかける姿が見えない。
万が一まだ追いかけてきていることを考えてさらに逃げ足を早め、闇雲に走った。
無我夢中で走ったとはいえ数分の距離、そこまで遠くまで来たわけではないはずなのに無意識に入った路地裏は見慣れない場所だった。
呼吸を落ち着かせるためにその場でへたり込む。
あいつは何を言っていたのだろう。
そう考え初めて、息を整えるために顔を地面へと俯かせる。
「なんだろう?」
光るそれに手を伸ばす。
拾い上げてみるとサイズも触り心地も100円玉にそっくりなコイン。
しかし、桜の模様が描かれているはずの場所には建物が彫ってあり、本来であれば“百円”と記載されている文字は『100ウェイ』となっている。
「……もしかして、これが原因か?」
パッと見ではわからないくらい100円玉に似ているけど、別物。
自分が渡したのはいつもと変わらない100円玉だった、もしかしてこれのせいで追いかけられたのではないだろうか。
違和感と体験が積み重なるにつれて、少しずつ明らかになる情報。
この世界は今までの世界ではないのかもしれない。
馬鹿げた話だが、このおかしな状況を説明するのに納得できるのは自分ではなく世界がおかしいという想定。
自分でも理解の範疇を飛び越えた想像をしているからか、考えれば考えるほどやっぱり頭がおかしくなったのではないだろうかという思いと、現実に起きている不思議の間で行ったり来たり。
しばらく路地裏で出口のない思考を巡らせていると、
「ガタッ」
物音のする方向に顔を上げるとすぐそばに置いてあった室外機の上に猫が立っているのが見えた。
「お前にも言葉が通じないのかな」
「ハハ、そもそも話せないか……」
独り言を呟いたところで今のままここに居ても埒が明かないことに気がつき、路地裏から顔をのぞかせて辺りを伺う。
「やっぱり、もう追ってきてないみたいだ」
もし今考えていることが事実ならばだが、この世界がなんなのかを知る必要がある。
遠くで17:00を知らせる音が響いた。
彼女との約束の時間。
連絡先も知らない相手との待ち合わせ時間に遅れてしまった。
「急がないと……」