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120kmを3日掛けて歩いて気が付いたこと – ばかにゅー.com

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120kmを3日掛けて歩いて気が付いたこと

120kmを3日掛けて歩いて気が付いたこと

昨日の夜、初めて金縛りというものを体験しました。
明け方4時くらいに急に目が覚めて、寝返りを打とうにも体が全然動かなくて、口を動かそうにも何故かずっと歯を食いしばっているように固まっていて、これが金縛りかあと思って。
たまたまそのタイミングで友人からLINEの連投が来て、うるさいなあと思っていたら急に解けました。
そんな不思議なこともあるんですね。

さてゴールデンウイークはどのようにお過ごしですか。
実家へ帰省?友人と旅行?
今回の連休は長いですよね。一人旅なんていかがですか。
私少し前に一人で徒歩旅行というものをしたことがありまして。旧中山道という歴史ある道を途中からでしかも逆走ですが、3日間歩いたことがあります。
今回は旅のおすすめということでその時のことを思い出しながら書いていきたいと思います。



目次

高崎から熊谷へ

何故旧中山道を通り、日本橋へ向かおうとしたのか。

人の影響でした。
ネットをサーフィンしていたらとある人のブログにたどり着いて。
女性の方なんですが東海道を何日もかけて歩いて旅して、そこで色々なトラブルがあって色んな人との出会いがあって、すごく素敵な旅だったという内容のものでした。

それに感銘を受けた私は、翌月3日間のお休みをもらって、東海道は無理だからと旧中山道を歩くことにしたのです。

旧中山道というものは江戸時代の五街道の一つで、日本橋から京都へと続く道です。
ほとんどの人は出発地を日本橋に、到着地を京都に設定すると思うのですが、旅の翌日が仕事だったので3日間で歩ける距離を考慮して、出発地を日本橋、到着地を日本橋に設定したのです。

1日約40kmを目安に。1日目は高崎〜熊谷。2日目は熊谷〜大宮。3日目は大宮〜日本橋。
そうして高崎から旅立ちました。24時間で100km走れるくらいなのだからまあまあ余裕でしょうと高を括っていました。

しかし出発から10kmいかないくらいですでに足がパンパン。びっくりしました。ただ歩くだけだし、普段もまあまあ歩いているので40kmくらい大したことないだろうと思っていたんですが。
早速先が思いやられたわけですが、何よりもまだ見慣れた景色しか広がっていないわけです。これじゃあつまらないと兎に角進むことに。

そうして途中途中休みながらも夜20時くらいに熊谷に到着しました。約12時間。
宿をとっているわけでも、野宿セットを持っているわけでもないので、とりあえずネカフェに入り、夜を過ごすことに。
もう、全然動けませんでした。ただ歩くだけでこんなに痛いのか。大袈裟だと思っているでしょう。

大袈裟じゃないですよ。私もともと運動部ですし、いかんせん若いですし、そして何より当時は靴屋でバイトをしていたので1日中たちっぱなし。帰り道もまあまあな距離を歩いて帰っていたので、足には多少自慢があったんです。
でもすごく痛い。10キロ歩くだけでつるくらいの激痛。
40キロであんなに足が痛かったんだもの、フルマラソンなんてすごいことですよ。
本当にフルマラソン完走することの偉大さに気付いた1日でした。

熊谷から大宮へ

2日目の朝も8時に出発。
1日寝ればこんな筋肉痛治るっしょっと思っていましたが、治るわけがない。
痛みをひきづったまま2日目突入。

朝、熊谷駅周辺のパン屋さんで朝食を食べたのですが、なんのそのそこの店員さんの態度がめちゃくちゃ悪くて。びっくり。
パン屋さんが態度悪いて。
2日目の印象はもう熊谷に対する憎悪しかありません。
コンビニに行ってタバコを買いに行ってもめちゃくちゃ態度悪い。

そもそも車に乗っているときだって、うわあなんか煽られてるなあと思ってナンバーを確認すると大体熊谷ナンバー。
下道が混んでてしょうがないじゃんって時に煽ってくるのも大体熊谷ナンバー。
左側走っているのに高速で煽ってくるのも大体熊谷ナンバー。
ああ、隣の車で煽られてる、かわいそうと思って後ろを確認すると大体熊谷ナンバー。

そうなんです。
私は熊谷ナンバーに対して並々ならぬ恨みがあるのです。偏見だ!なんて言われたって私はくじけません。恨み続けます。
「アクセル熊谷」という名前も、常にぐいぐいあアクセル踏んで煽ってくる熊谷ナンバーを皮肉しているところから由来しているのです。

群馬で煽られるのも熊谷ナンバー。
埼玉で煽られるのも熊谷ナンバー。
都内で煽られるのも熊谷ナンバー。

なんですか、この熊谷ナンバーに煽られる遭遇率。
熊谷の人は共同生命体なんですか。もう、半分ネタですよ。

なんてそんなことを1日ずっと考えながら歩いていたら、40キロ歩き終えていました。
旅の途中に道の駅的なところ寄ったりして、いかにもチャリ旅している人に遭遇したのですが、特になんの触れ合いもありませんでした。
大宮に到着してその日もネカフェ泊まりです。

大宮から日本橋へ

3日目の朝も8時に出発。
最終日は約30キロ。10キロほど短く設定したのでゆっくりと歩きました。

大宮からもう都会感が溢れているというか、見えてくる風景が全然違うので楽しかったです。
群馬から埼玉間はやはりあまり風景が変わらないというか。宿跡が道の途中途中にあるのでそれを制覇していく楽しさというものはありました。
でもやっぱり風景が変わらないというのはほぼ苦痛。

大宮からの道のりは道幅も広くなってくるし、お店は色々点在しているし、何より若い人が多い。
ただいかにも旅人な格好をしていたのでだいぶ浮いていました。
そんなところに変な優越感を覚えていたのですが。

この3日間、憧れのブログにあったようないろんな人との出会いや多少のトラブルを求めて歩いていたのですが、結局一切何もありませんでした。
ただ歩いて、ただ筋肉痛になって、ただ誰とも会話を交わすことなく、日本橋まで来てしまった
とはいえ途中途中の宿跡を撮り貯めることによって、この旅の意味を見いだすことができていました。

最後の日本橋。
なんにせよ、旅の始まり場所でもあり、終わりの場所でもある。
何かしらこう立派な「中山道の始まりですよ〜!」的な石碑だったり、同じ旅を始めようとする人がいたり、旅を締めくくるものがあるだろうと思ったのです。

何もありませんでした。
石碑見たいのは1つだけありましたが、ただそれだけ。他の宿跡の方が色々凝っているものもあったのに。
旅人の姿があるところか、ほとんどスーツを着たサラリーマン。

そんなところにサングラスを着けて、ジグテックを履いた、いかにもなアウトドアな格好をした男1人ポツンと。
石碑を1枚パシャりしてそのまま電車に乗って自宅へ帰りました。

旅をした時は2月だったんですが、やっぱり1日中外を歩いているだけでも焼けるんですね。
サングラスの跡がくっきりと、パンダのような日焼け跡が残りました。
それが唯一の旅のお土産でした。

なんでしょう。結局何を伝えたかったのかって。
コミュニケーション能力はやっぱりあった方が人生楽しめるということでしょうか。

ライターはこの人

熊谷
『個性派ライター』のクマガヤ
1人で群馬から東京まで歩いたらどうなるんだろうと思い付き、実行する強い好奇心も持ち合わせている。

「もう書きたくない」がお決まりの言葉。
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