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はじめてを振り返ると涙がなかった

はじめてを振り返ると涙がなかった

たとえば、たくさんのはじめてが積み重なって今の自分がいると言われてもピンとくる人はどれだけいるだろうか。

大人になったらわかるのか、はたまた社会に出れば知ることができるのだろうか。

きっかけはなんだったんだろう、自分でも全く思い出せない。

悔しくて泣くことはあっても、何かに感動して泣くことなんてなかったはずだった。

いつの間にか僕のなにが変わったんだろうか。



学生のはじめての失恋

高校生の僕は告白をした。

思い出しても赤面するようなカッコ悪い思い出。

自分からしたはじめての告白だった。

自分の気持ちは本気だと思っていたけど、彼女からのお祈りの言葉の後に続いたのは、誰にも言わないでほしいなんて情けない言葉。数ヶ月後には同じクラスのノリノリ系男子と彼女が付き合っていた。

彼女は律儀に僕との約束を守ってくれていたようだ。

ある日、ノリノリ男子と僕の数人で教室の片隅で他愛のない話しているとき。彼が撮影した彼女の写真について話題になった。どんな写真かと尋ねたらガラケーを開いて見せてくれた。

彼の部屋で下着姿で恥ずかしそうに立っている彼女だった。

フラれたときよりも悲しい気持ちになったことだけは忘れない。

はじめての悲しい日

人生で初めて悲しみを知ったのは小学校3年生だった。

神奈川県に降った数年ぶりの大雪。北海道出身の祖父は僕が学校へと向かったあと、慣れた手つきで敷地内の雪かきをしていた。

子供にとって雪が降った場所は最高の遊び場だけど、大人にとっては違うようだ。

僕は祖父が大好きだった。父がいない僕にとって祖父はかけがえのない存在だったように思う。自営業を営んでいて忙しい祖父。近所の取引先に行くときにはたまに僕を連れて行ってくれた。

大人しく隣に立っているだけで祖父は嬉しそうにしていたし、客先の人も褒めてくれた。だから帰りには機嫌が良くて、トイザらスで僕の好きなものをひとつ、弟に向けてひとつ買ってくれる。

そんな毎日が当たり前だった大雪の帰り道。

家に着くとなにやら雰囲気がおかしい。なにがあったのかは分からないけど子供ながらに変だと感じた。

誰からどんな風に聞いたのかは覚えてない。

僕は祖父が事故にあったことを聞かされた。

大手術を乗り越えて息を吹き返したのに、輸血でカラダの血のほぼ全てが入れ替わった祖父はなんてことないふつうの風邪で亡くなった。

ファンタの炭酸が抜けるくらいにパチパチとあっけなく、大好きな祖父の葬式が終わっていた。

はじめての涙に気づいた

自分のために涙を流すことはあっても誰かのことで涙を流せることがなかった。

もちろん辛い話を聞いて心苦しく思うことはあったし、悲しい映画をみて心に響くこともあったけど、自然と涙が頬を撫でるなんて経験は無かった。

こんな自分はおかしいのだろうかと迷っても、答えなんか出るはずもなくて、いつのまにか気にすることさえなくなっていった。

社会人になった僕は右も左もわからない。それまで積み重ねた経験だけでは全く通用しないのだと知る。

大学を卒業するまで、本気で勉強したことなんて無かったけど、何もできない自分が嫌で、はじめて資格の勉強をして運転免許以外の国家資格が取れた。

だんだんと仕事にも慣れてきだけれど、それでも祖父への憧れで抱いた独立の気持ちは無くならない。

祖父の会社は母がずっと続けていたけれど、そろそろ厳しいのが現実。意を決して独立に踏み出してみることにした。

信じていた人に裏切られたり、昔からの友人が無条件に僕を信じて付いてきてくれたり、理不尽に怒られたり。お金がなくて悩んだり、仕事が増えて喜んだり。

数えきれないほどのそれらは、これまで経験をしてこなかったものだらけ。そんな濃密な時間は濃さを増すほど時間に溶けていくようだ。

気がつくと僕は泣けるようになっていた。

何がきっかけなのかなんて、いろいろありすぎて、いまはもう分からない。だけど涙が自然と溢れるようになっている。

そして、ひとしきり涙を流したあとは、とびきりスッキリするのだと知った。

あなたが、いまに疲れたら泣いてみるといいかもしれない。積み重ねた分だけ涙が心を軽くしてくれるような気がする。

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