
子供の頃、母がモノを捨てるのが苦手な人だった。
「どんなものにも魂がある気がするから、捨てるのが苦手」
そんな話を聞いてからは、僕も捨てるのが苦手になった。
目次
極端に捨てられなくなった
捨てるのが苦手になってから、初めのうちはゴミを捨てるのも躊躇するくらいだった。
自分が捨てたものではないのに、道端に落ちているゴミにさえ感情移入してしまう。
特に信心深い訳でもないし、エコな意識が強い家庭でもなかったのに、どういう訳かモノが捨てられない。
今は、ゴミまで捨てられないと言っていたらゴミ屋敷になってしまうので、当然捨てられるようになっている。
だけど、長く愛用していた財布だとかペンとかを何も気にせずにポイと捨てることは今もできない。
車とサヨナラする時には
車を手放すことになった。
自分で初めてローンを組んで何年もかけて完済した、思い入れが深いクルマ。
幸いなことに、次の買い手を探してもらえるクルマだったようで、買取をしてもらうことになった。
お金も入ることになったし、気分もよかったけれど、引き取りの前日になるとやっぱり悲しい気持ちになる。
仕事が終わって駐車場に停まっている、お別れ前のクルマに乗り込む。
いつもと違ってスッキリとした車内で、スマホのプレイリストから最近お気に入りになった“平井大”の曲を聴く。
「そういえば、このクルマでいろんな所に出かけたなぁ」
そんなことを考えながら、愛車との最後の時間を過ごした。
引き取られて離れていくクルマを見送る時は、自分で売ることを決めたのに連れ去られていくような気分だった。
モノが捨てられないとすごく生きずらい
誰かからプレゼントされたモノは当然捨てられないし、一度捨てられないと模様替えや引っ越しでも捨てられない。
もう使わないだろうと思っていても、手放すと思うと悲しい気分になってしまうから。
モノを普通に捨てられる人で、僕の気持ちがわからない人がいたら、久しぶりに押入れの奥底から出てきた思い出の品に懐かしさを覚える瞬間を思い出してみて欲しい。
僕の場合は、それがほとんどのモノに当てはまってしまうというワケ。
そんな気持ちになることばかりだから、モノが捨てられない人がどんなところでメリットがあるか考えてみる。
そういえば、捨てずらくなりやすい長く持ち歩くモノに関しては、捨てられなくなるのが分かっているから本当に気に入ったモノしか買わない気がする。
捨てられることよりもメリットが薄い気がするけれど、それぐらいしか思いつかない。
やっぱり、もう少し捨てられる人になろうかな。